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2007年8月 6日 (月)

バリからの報告 3

 以下、ネット『ルジャポン・オルグ』での論議の続き――

・6月28日、シュヴァリエが、《日本の文化人宣言》を再度引用して掲示し、南京大虐殺の中国側、連合国側の数字を挙げ、日本の歴史家はそれを誇張と見ていると指摘する。

・これに対して、同日、“調停者スカイダイヴァー”曰く、
「数字がそんなに大事かね? 犠牲者数をどうこう言ったって、虐殺の事実に変わりはないさ。正確な統計数について、日本の政府筋にそれを言う資格はない。連中の誠意など、歴史の先例の上から当てになるものかね。ニッポン兵どもの獣欲に供された、あらゆる国籍(特にオランダ女性とインドネシア女性)の慰安婦にせよ、インドシナでのフランス兵の虐殺にせよ、また米兵(特に飛行士)に彼らが加えた拷問にせよ、彼らの挙げる数字など、みんなデタラメさ。こんな例を挙げたらキリがない」

・同日、ANGAKOK(注 スカイダイヴァーの同調者)、これに応じて、「シュヴァリエよ、何で本プロダクションのこれこれの記事を引用しないのかね?」と指摘。

・同日、シュヴァリエ、これに応じて、
「引用するとも。それらの記事は、(沖縄の)島民からも証言をとらなければならないという意味において、まさにまともに取りあげるべきだ。最近(2007年)の選挙で沖縄は、さんざん強姦と殺人を犯してきた米占領軍に撤退を要請する候補者を選んでいることを忘れるな。いやはや、歴史は単純ならずさ」

・同日、ANGAKOK、再度これに答えて、
「(沖縄の)殺戮地獄からの生存者は言っているじゃないかね。こうした市民は、敵の米兵の手にかかるよりは集団自決せよと日本兵から追い立てられて死んだ、その数は大変なものだってな――。これは動かしようのない事実だ。ま、それにしても、米兵は怪しからぬという言い分を聞くと、シュヴァリエ君もけっこうまともなところがあるな。いつもの御託よりはましだ」

・同日、“調停者スカイダイヴァー”、同じ論議を承けて、
「(沖縄の)米軍撤退は、2006年以来の懸案事項だ。米兵による強姦殺人事件は、幸いなことに稀だし、数も少ない」

・同日、シュヴァリエ、ふたたび応じて、リュマニテ紙1995年9月21日付で報じられた3米兵による沖縄の少女の強姦事件を長々と引用、同島が治外法権下にあると指摘する。

・同日、ANGAKOK、これで3度目の発言:
「10年以上前の強姦事件をたった1件、これが君のやりかたかね? そういうのをディスインフォメーション、またはトローリングというのさ」

・同日、“調停者スカイダイヴァー”、
「この悲しいエピソードは僕も覚えている。(…)仏軍の駐屯するアフリカ諸国でも同様の事件が起こっている」

・このあと、同じ6月28日に、シュヴァリエ、更に長々と沖縄の事件のことに流れて、
「スカイダイヴァー君、話を元へと言うのは大いに結構。問題は、AFPが《日本の文化人宣言》を撒いてくれたのに、フランスのプレスが沈黙していることだ。この沈黙は今や重大だ。なぜなら、日本では、宣言文署名者はどんどん増えている」

・同日、“調停者スカイダイヴァー”、これに応じて、
「日本の国内問題はフランスのメディアに関係ないさ。このことで情報を得ようと思ったら、CNNテレビでも見たほうがましだ。けばけばしいところも多いが、日本についてバランスのとれた番組をやっているよ。まあ、アメリカが日本に関して主役ぶってるのは確かにいただけないがね。日本という国は、フランス人の目に、いつも紋切型の、空想の遠い国だ」

[コメント] “調停者スカイダイヴァー”はこのように下線部分で嘯いているが、これこそ恐るべきディスインフォメーションであり、虚言、傲慢ではなかろうか。「日本の国内問題」が「フランスのメディアに関係ない」どころか、関係大ありであって、フランスのメディアが真実を歪曲して伝えているからこそ日本は歴史的真実の闡明を要請して今回の《日本の文化人宣言》に至ったのである。“調停者スカイダイヴァー”のこの一言はフランスの反日主義者たちの二重の瞞着性――真実を隠し且つフランス公衆を瞞着する――を端的に露呈している。そして「空想の遠い国だ」と言いながら、自分たちのほうが虚偽の日本蔵を定着させているのである。
               
・6月29日、シュヴァリエがこれに反駁する。
「いかにも、フランスは日本を“考える”。が、視つめてはいないのだ。ジャポニスム(日本趣味)に浮かれようとも、日本を知ってはいない。文学、映画、インターネット、自由な旅行などで、事態はまあ改善されていくだろうが…」

・同日、“調停者スカイダイヴァー”、更に応じて
「小生、案ずるに、早晩改善は望めないだろうよ。大衆が日本に興味を持つに足るものは何だって既に提供ずみだがね。ネットもあれば(我らの“lejapon.org”をはじめ)文学も、映画もある、たしかにね。にもかかわらず、日本は依然として遠い国なのさ。紋切型に捉えられたって仕方のない、従って、興味の中心からは外れた、マージナルな国なのさ」

・同日、シュヴァリエ、また反駁して
「日本孤島論、なお結構。一層の探検に値するということだ」

・同日、東京在住として、ミルモ(Mirumo)なる人士、ここで割りこんで
「(…)僕は、誰も彼も、日本については日本の提供するものしか見ていないと思う」

・6月30日、シュヴァリエ、これを承けて、“慰安婦”についてフィリップ・ポンスが2007年6月30日付ル・モンド紙に書いた記事を伝える。すなわち、
「“アメリカは日本を裁く資格などありはしない。なぜなら、米軍は、皇軍の女郎屋システムをまねて、占領後、日本の内務大臣から警察に慰安所を作るよう指令を出させているからだ”」  

・同日、“調停者スカイダイヴァー”、
「そうとも、軍隊あるところ、いつもそれありだ。ただ、根本的に違う点がある。それは、日本の場合(米軍用の慰安所設置)は、一般女性を性奴隷に仕立てたのではなくて、プロの淫売婦を使ったという点だ。売淫行為の善し悪しをこえて、そこには、こうした女郎屋を設置しなければ強姦を避けられないという問題があった。これを日本皇軍の行為に比べるなんて、とんでもない、破廉恥なことだ。皇軍のやったことは、何千人という女性をその家族から拉致して女郎にしたことだから、話は全く別だ。その範囲たるや、若い中国女性から、香港在住のイギリス女性、さらにはインドネシアのオランダ人入植者たちの婦女子に至るまで、そのほか、皇軍の侵略した各地に及ぶほどの広大なものなんだからね。というわけで、日米の慰安婦システムを比較しようたって、どだい無理なことさ。よほど幼稚な反米感情か悪意に駆られているならともかく、でなければ、そんな比較はとんだお笑い種だよ。比較というなら、売淫をやらせた日本側の見かたと、やらされた(強制であろうとなかろうと)旧日本植民地の女たちの感情と、その違いを比較するのが一番だろうよ。客観的な目を持った人間なら、違いは一目瞭然のはずだ。“歴史”の歪曲とは針小棒大の吹聴にほかならない。僕は、問題のその記事(ル・モンドの)を読んではいないが、その考えかたそのものについて言っているつもりだ」

[コメント] 下線部分の「“歴史”の歪曲とは針小棒大の吹聴にほかならない」とは、この論者“調停者スカイダイヴァー”についてこそ当てはまる言葉であろう。質問:彼らにとっての“歴史”とは何か?
                                  
・同日、シュヴァリエ、これに応じて
「同じル・モンド紙は、昨年、コソボ紛争について、モルダヴィアやウクライナやロシアの女たちが何千人もアルバニア勢力によって拉致されて、コソボ駐屯の北大西洋条約機構軍に女郎として供されていると報じていた。こうして過去の犯罪に目を向けさせ、現在の犯罪をごまかそうという手口は、しょっちゅうやられていることだ」

・“調停者スカイダイヴァー”、
「行きすぎだよ、それじゃ。はっきりした証拠もなく。要注意だ。主題から完全に逸脱したばかりか、暴走きわまれりだ」

・シュヴァリエ、
「ここにれっきとした一つのドキュメントがある。ル・モンド紙に宛てられた公開状だが、公開されなかった。竹本忠雄教授が書いたものだ。これを参照意見として、いっさい私見を交えず、以下に呈する。

[コメント] …として、2005年4月8日付で、ル・モンド紙の「南京大虐殺」特集に抗議して竹本教授が同紙のコロンバニ会長あてに出した公開状*の全文が引用されている。いわば奇襲攻撃のごときもので、本ブログの全く予期せざるところであったろう。「主題逸脱」どころか、一番の痛打だったのではあるまいか。ブログのプロダクション側では、このあと、大慌てでブログを閉じるに至る。                     

*竹本忠雄のル・モンド紙会長あて公開状は、その訳文が日本政策研究センター発行の『アンチヤマトイズムを止めよ!』に収載されている。                              

・ANGAKOK(漢字で“小山”と印章を示している)、
「ボン・ジュール、スカイダイヴァーの言ったとおり、これでは主題逸脱で暴走だ」

・“調停者、ウミ(Umi)”が、急遽、ブログ閉鎖を宣する。
「論議は主題を離れたし、誰もが十分に意見を述べる機会を持ったので、もって私は本ブログを閉じる。ANGAKOKが書いたとおり、“このサイトはもっとずっと早く閉じるべきだった。これでは牢固たるトローリングである”」

――まとめ――

 《日本の文化人宣言》は2007年6月1日の第1回発信から同30日までネット『ルジャポン・オルグ』上で丸々1ヶ月間、白熱の論議を起こして、一旦、幕を閉じた。一旦というわけは、そのすぐ2日後から、孤軍奮闘の日本擁護派、“シュヴァリエ”氏が7月2日、またも、発刊されたばかりの隔月間の著名誌『NRH』(新暦指標論)の日本特集号を取りあげて、新規の論争を喚起したからである。

 ネット『ルジャポン・オルグ』での《宣言》参照数は7月末には3300件以上に昇った。これは同ネットの通常の1件参照数の百倍ちかくに当たる。しかも、形勢不利と見た提供側からブログ継続は打ち切られたが、《宣言》へのリファーは――提供側のコメント付きながら――依然、一般に開かれている。

 以上、かいまみたとおり、フランスの反日は、見えない枠によってそれが作られ、大衆はその鋳型に嵌めこまれているということである。上記のブログでも、この枠が揺すぶられると、“提供者”なる黒子がわらわらと飛びでてきてそれを支えるのに大騒ぎだ。しかしその論拠たるや薄弱、ご都合主義、感情的でさえあって、とうてい知的というには程遠いものである。

 しかし、我が方も、彼らの弱体はそのように透けて見えているのに、それをフランス大衆に証明してみせる反証に欠けている。他の西洋諸国も似たようなものではあるまいか。つまり、正史を伝えるフランス語(と他の言語)の本(と記事)が皆無なのだ。横暴は日本もそれを許している。急ぐべきを急げ――教訓はこれである。(竹本忠雄 2007.8.3)

2007年7月15日 (日)

バリからの報告 2

フランスの全メディアに向けたAFP発《日本の文化人宣言》
――総括と現地反響――

I 《宣言》発信

 AFP(Agence France-Presse)よりフランスの代表メディア約200社および1000社以上の組織あてに、2度にわたって発信された。 

 第1回 2007年6月1日0時34分、賛同者代表9名の署名のもとに。
 第2回  同年6月12日同時刻、賛同者55名の署名のもとに。

(注1)発信の形式は“デペッシュ”と呼ばれる。
(注2)《宣言》署名者はその後も増えつづけ、6月30日で77氏に達した。

【AFP】仏語圏最大のプレス・エージェントで、米のAP、英のロイターに継ぐ。1944年、パリ解放とともに創設された。110ヶ国に110支局を持ち、「仏内外で完全かつ客観的情報要素を求め、利用者の便に供する」ことを銘とし、国の直接補助を拒否することで完全独立を謳っている。財源の40%は加入者の会費制による。今回の《日本の文化人宣言》発信もこれら全加入者あてのニュースとして配信された。

II 《宣言》発信への反応

6月1日に第1回発信が行われるや、フランスの2つの公的インターネット紙、『オジュールデュイ・ル・ジャポン』と『ルジャポン・オルグ』に《宣言》全文が掲載され、激論を喚起した。これは1ヶ月間以上続いて後者では参照数は約3000件にも達した。《宣言》から派生的に発生した関連テーマ――7月1日に発売された著名歴史雑誌『NRH』の「サムライの日本」特集号――へのアクセス1500件を加えれば4500件にも上り、記録的数字と言われている。反応の色分けは、後述のごとく殆ど賛否両論といったところで、これは従来の「反日」報道一辺倒に対して反論の声が皆無だったことから見れば、驚くべき現象といえよう。

▼但し、大手新聞に関しては、予期したごとくこれは鳴りをひそめ、今後の出方を窺っている模様と見られる。

▼メディア全体からすれば、表面上の反応は寡少ともいえようが、《宣言》が全メディアあてに発信されたことの意義は変わるものではない。

▼加えて、2つのブログに見るとおり、この国で初めて“サイレント・マジョリティ”、ことに日本擁護の積極的声が掘り起こされたことも、注目されてしかるべきと思われる。

▼しかし、他方、《宣言》を知らされた在仏日本各紙特派員からは何の反応がないことが目立った。のみならず、後述のごとく、反対の積極意志を通告してきた所もあり、今後に問題を残した。

フランスの反応

・反日3大新聞の一つ、『ル・モンド・ディプロマチック』紙6月5日付の慰安婦問題関連記事に、《宣言》を読んだらしき痕跡が認められるも、プレスは全て沈黙を決めこんでいる。しかし、反日系紙のやりくちとして、いずれ機会を見て逆襲の手を繰りだしてくることであろう。

・著名ネット紙『オジュールデュイ・ル・ジャポン(今日の日本)』(Aujourd'hui le Japon)に第1回《宣言》が発信と同時にニュース欄に掲載され、連日のように反日派と親日派のフランス人同士の間で白熱の論議が展開された。

・同じく著名ネット紙『ルジャポン・オルグ』(lejapon.org)でも上記を上回る激論が展開され、7月に至るも収まりを見せていない。これら論戦については別項を参照。

中国の反応

 第1回《宣言》発信と同時に中国系エージェント(「my del.icio.us」とのみ判明)のネット紙に《宣言》文がそのまま掲載された。註釈抜きだが、いまパリで売れている極端な反日書『皇軍』(ジャンルイ・マルゴリ著)の表紙写真を間に挟み、批判を示している。

日本の反応

 在仏の日本大手新聞各社のパリ支局には、当然、AFPから直接に《宣言》は配信されているはずだが、念を入れて丁重に封書でもパリ連絡所から宣言文を郵送した。朝日、毎日、日経、東京中日、北海道、西日本、産経、読売、時事、共同の各紙の支局長、並びに2,3のテレビ局あてである。しかし、前記のごとく、返ってきた返事は、電話で、「日本は戦争で負けた以上、何を言われても仕方がない。口惜しかったら勝てばよかった。日本は悪かった」という1件だけで、しかもこれは保守系新聞支局からなので、大いに考えさせられた。冷静に見て、ここには、以下のインターネット上の論戦に見られるのと同様の本質的誤解があると思われる。本《宣言》は、戦争の善し悪しとか、「虐殺数」の多寡とかを論議しているのではなく、目に余るフランスでの反日の基盤たる歴史の学問的実証の欠如または無視に眼を向けよ、と言っているのである。

インターネット上の論戦
(賛否を明瞭にするため、日本擁護ないし中立は青字で示す)

『オジュールデュイ・ル・ジャポン』(Aujourd'hui le Japon)

「2007年6月1日0時32分、AFP特電」として、2つの異なるサイトのニュース欄に、「南京の虐殺――日本の著名士ら、“歴史の真実”をアピール」との見出しで宣言文を掲載。但し、すぐそのあとに、「1937年12月、日本軍は南京占領中に残虐行為を犯し、中国側によれば市民殺戮数は30万人にも達した。のち、連合国はこれを14万人としたが、日本の歴史家たちはそれを誇張した統計数と見ている」とコメントを添えたのは、既に反日的方向付けである。それにも拘らず、以下、読者間の応酬で日本擁護派の声が少なくない点に注目させられる。

・発信5分後に、アレクサンドラルと名乗る人物から
「何と恥ずべき行為! まるで犠牲者数が南京の残虐を幾分かでも変えるというかのようだ! たぶん実数は10万人ぐらいだろうけれど、それだってこの出来事は人類の汚辱だ」

・6月3日付で、BLL(以下、名乗ったままの名を引用):
「この勇気ある旗挙げにブラヴォー。前世紀の敗者日本に対する敵視戦術は、いいかげんに止めよ。毛沢東の何百万という殺戮、ヴェトナム市民への米軍の空爆、仏軍による5万人ものマダガスカル独立運動家の殺害などは、放っておいていいのか?」

・これを承けて、同日、ラムージュ:
「BLLよ、すべて握りつぶしだって? 日本の皇軍の殺人数に比べれば、毛沢東のそれのほうがずっとまともに報道されてきているさ」

・6月4日、リュクーイ:
「同じフランス人で、こんな飛んでもない言いぐさをする奴がいつも出てくるんだから、驚きいった次第だ。BLLよ、あなたは日本の歴史について何にも知らないな…」

・反撃されたBLL:
「あいにくと僕にはキリスト教左翼的な使命感など持ち合わせがないからね、もっとずっと悪い犯罪者どもが地球上の至るところで惹起した悲劇に、いちいち涙をそそぐつもりはないね。フランス人フランス人というが、フランス革命の内戦で、有難い人権の名においてヴァンデーだけで12万人もの同胞を虐殺したことをお忘れかね」

・翌6月5日、ポールヘンリー、《宣言》文の意義に☆☆☆☆の高得点を付けて、
「敗者沈黙の要なし。問題は、日本が、自ら望むとおりに歴史を書きなおすことさえ出来ずにいるということなのだ」

・翌6月6日、BLL:
「日本は自由だ。日本のことに余所者が口出しするな」

・これに対し、サンマロ、
「いや、するとも。日本は自由じゃないさ…。いつも長いものには巻かれろの国民なのさ。日本のナショナリズム復活を国際共同体が監視しなけりゃ、またもや暴走が始まるぞ」

・翌7日に、またもBLLが応じて、
「誇りある愛国的日本は不可欠だ。相手にしなけりゃならんのは、日本に現実に難問ばかり押しつけているアメリカのナショナリズムのほうじゃないのかね。日本のナショナリズム復興は、一極集中文化と人権ごたくの脅威に対する天の助けというべきだ」

・そのあと、なぜか3週間、論議が途絶えて、6月28日に、チボー、宣言文に☆☆☆☆☆星を付けて「ブラヴォー。正しいことを正しいと言うには、今日では非常な勇気が要ることだ。つまり、歴史的真実を言う資格のあるのは歴史家であって、政府ではない。まして戦勝者ではないということだ。このアピールは周知させねばならない。だがそれにしても、なぜフランスの新聞はこれを取りあげようとしないのかね?」

『ルジャポン・オルグ』(lejapon.org:Forums)

 前掲の『オジュールデュイ・ル・ジャポン』が情報中心であるのにひきかえ、これは日本に関する総合的ネット紙として知られ、より重要と見られている。

・6月24日、“設定者、Keya”と名乗って、
「怪しからぁぁぁぁぁん類なるぞ、修正主義、否定主義は…。くたばれ、修正主義! 共和国万歳! くたばれ、否定主義! 共和国万歳! くたばれ、修正主義! くたばれ否定主義! 正しきは、Keya、ルジャポン・オルグなり」

・同日、これに応えて、シュヴァリエ:
「いかにも、独善思考(la pensée unique)よ、さようならだ」

・同日、“設定者、Sly”と名乗って、これに応え、
「シュヴァリエよ、独善思考にさよならだって? ふん、独善とは、お前のかね、俺のかね? 馬鹿な、これだけで独善は二つだ…」

・同日、シュヴァリエ:
「独善思考とは、絶対的支配思想を示すのが当たり前のことだ。メディアのそれ、権謀術数側のそれのことだよ。破邪顕正を拒否し、異説追放を膳立てする思考のことさ」

・同日、“調停者、スカイダイヴァー”がここで割りこんで、
(注:“Médiateur=調停者”なる人間があらゆるブログに目を光らせていて、危ないと見るとこのように割りこみ、次にはブログをストップさせるのが常道である。本ブログも、このあと、)「独善思考を排することには賛成だが、しかし、もし、反論しがたい歴史の諸情報に照らして(気狂いめいた否定主義者は論外)、支配的思想が正しいとしたならば…。南京虐殺は、まさしく在ったのだよ。この点、誰が、またどんな真っ当な知的根拠にもとづいて異議を唱えうるかね? 思うに、数字をあげつらってみたところで、何も事件を変えやしないよ。一方、シナ人のウソ八百については満天下周知のところで、この点も、公平に真面目に歴史を勉強した学生なら同意せざるをえないだろう。こうした(南京事件についての)歴史的事実(皇軍のその他の暴虐事実と合わせて)をこえて、際限なく日本を悪魔化したり謝罪要求したりすることは、もちろん行うべきではない。この点については、万人、もしくは大半の人々は同意するであろう」

・同日、ANGAKOKと名乗る人物がこの“調停者、スカイダイヴァー”の尻馬に乗って、シュヴァリエに噛みつく。
「石頭も、ここまで来てはヘドが出るわい。人間の愚かさ相手に戦おうったって無駄なこと、どこでも幅をきかしおる」

・“設定者、Keya”:
「一般的事項について、ちょっと一言。私の誤解でなければ、このメッセージ(宣言)は、知的真剣味うんぬんということより、科学的領域に触れたものではないかな。両者は重なることもあろうけれど、それはむしろ稀ではなかろうか。この違いについては、科学的研究を実践した(あるいは実践しつつある)科学者だけが理解できることであって、誰であろうと、科学者以外の人間が科学的姿勢を示そうとしてもなかなか出来るわざではなかろうと思う。(…)ここで(宣言文において)引き合いにされているのは、歴史と法律の二つの科学(学問)領域であって、学際的精神を必要とすることゆえ、取組は(言うは安く行うは)難しといわなければならぬ。従って、学問の場ならざる本「フォラム」においてこのアピールを扱うのは不向きと言わざるをえない」

・シュヴァリエ:
「スカイダイヴァー(調停者)の言うとおりだ。それに、《日本の文化人宣言》は、結果について偏見を抱かずに歴史研究をしようと言っているのであって、既成の見方を呈しているわけではないよ。フランスで僕が心配しているのは、情報が“良い”方向に行っていないと見るや、すぐにメディアの壁を作ってしまうことだ。反対に、日本の“過去”をあげつらい、日本をこきおろした記事となるや、いつだって大歓迎で取りあげるくせに――」

・翌6月25日、“調停者、TB”:
「フランスのメディアに反日的陰謀があるなら、誰が何をと名指しで、また何故かと、ずばり、暴露したらいい。なぜなら、僕は、一人では探せない」

・同日、シュヴァリエ: 
「フランスのマスコミがしょっちゅうやっていることは、日本社会のアラ探しだ。やれロボットとビデオゲーム狂だ、働きバチだ、やれ企業の軍隊式特訓だ、ナショナリズムだ、と。その反面、日本の文学、映画、伝統文化ときたらフランス人のフィーバーは上がる一方で、フランスで日本フェアでもやれば超満員なんだから。日本社会のほうがずっと悪いと騒ぎ立てて、同胞の自尊心をくすぐろうという魂胆かね?」

(つづく、竹本忠雄

2007年7月 1日 (日)

お知らせ 2名の方が賛同者に加わりました

 賛同者に、新たに2名の方が加わりました。ご賛同に感謝します。

        村松英子(女優・文筆家)

        西村幸祐(評論家)

 ※敬称略

2007年6月30日 (土)

パリからの報告 1

 今回の「宣言」を推進した竹本忠雄氏(筑波大学名誉教授、在パリ)より、現地での反応等が届きました。竹本氏による現地報告は、今後随時掲載します(遠藤浩一)。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

パリ29 06 07
AFP「宣言」反響

 第1回目《日本の文化人宣言》、9人の代表署名者によるそれが、AFPを通してフランスの全主要メディア約200社ならびに諸企業2000社あてに、今年6月1日、0時32分に発信された。

 これにひきつづき、第2回目《日本の文化人宣言》が、55人の署名者により同じくAFPより6月11日に発信された。

 これら2度の発信に対する反応がフランスの公的インターネット上にまず現われ、賛否両論が日々激しく展開されている。他の特に反日紙は様子を静観しつつ応酬を準備しているのであろう。以下に逐次反応を伝えていきたい。

AFP《日本の文化人宣言》への反響

1)フランスでの反応

■『オジュールデュイ・ル・ジャポン(今日の日本)』(Aujourd'hui le Japon)インターネット紙

・6月1日 ニュース欄に、「2007年6月1日0時32分、AFPより配信」として、《日本人著名士、“歴史の真実”をアピール》として宣言文全文を掲載。但し、すぐそのあとに、「1937年12月、日本軍は南京占領中に残虐行為を犯し、中国側によれば市民殺戮数は30万人にも達した。のち、連合国はこれを14万人としたが、日本の歴史家たちはこれを誇張した統計数と見ている」とコメントを添えた。これに対するブログでの応酬、以下のとおり。青字は日本擁護、ないし中立派と見られるもの。

・これに対して、発信から5分後には、アレクサンドラと名乗る女性から
「何と恥ずべき行為! まるで犠牲者数が南京の残虐を幾分かでも変えるといったみたい! たぶん実数は10万人ぐらいだろうけれど、それだってこの出来事は人類としての汚辱よ」

・6月3日付で、BLL(以下、名乗ったままの名を引用):
「この勇気ある旗挙げにブラヴォー。前世紀の敗者日本に対する敵視戦術をいいかげんに止めよ。毛沢東の何百万という殺戮、ヴェトナム市民への米軍の空爆、仏軍による5万人ものマダガスカル独立運動家の殺害などは、放っておいていいのか?」

・これを承けて、同日、ラムージュ:
「BLLよ、すべて握りつぶしだって? 日本の皇軍の殺人数に比べれば、毛沢東のそれのほうがずっと報道されてきているさ」

・6月4日、リュクーイが議論に加わって、
「同じフランス人で、こんな飛んでもない言いぐさをする奴がいつも出てくるんだから、驚きいった次第だ。BLLよ、あなたは日本の歴史について何にも知らないな…」

・反撃されたBLLが、ここで
「あいにくと僕にはキリスト教左翼的な使命感など持ち合わせがないからね、もっとずっと悪い犯罪者どもが地球の至るところに惹き起こした悲劇に、いちいち涙をそそぐつもりはないね。フランス人フランス人というが、大革命の内戦で、結構な人権の名において、ヴァンデーだけで12万人も同胞を虐殺したことをお忘れかね」

・翌6月5日、ポールヘンリー、この宣言文の意義に☆☆☆☆の高得点を付けて、
「敗者沈黙の要なし。問題は、日本が、自ら望むとおりに歴史を書きなおすことさえ出来ずにいるということなのだ」

・翌6月6日、BLL:
「日本は自由だ。日本のことに余所者が口出しするな」

・これに対し、サンマロ、
「いや、するとも。日本は自由じゃないさ…。いつも長いものには巻かれろの国民なのさ。日本のナショナリズム復活を国際共同体が監視しなけりゃ、またもや暴走が始まるぞ」

・翌7日に、またもBLLが応じて、
「誇りある愛国的日本は不可欠だ。相手にしなけりゃならんのは、日本に現実に難問ばかり押しつけているアメリカのナショナリズムのほうじゃないかね。日本のナショナリズム復興は、一極集中文化と人権ごたくの脅威に対する天の助けというべきだ」

・そのあと、なぜか3週間、論議が途絶えて、6月28日に、チボーと名乗る人士、宣言文に☆☆☆☆☆星を付けて、
「ブラヴォー。正しいことを正しいと言うには、今日では非常な勇気が要ることだ。つまり、歴史的真実を言う資格のあるのは歴史家であって、政府ではない。まして戦勝者ではないということだ。このアピールは周知させねばならない。だがそれにしても、なぜフランスの新聞はこれを取りあげようとしないのかね?」

[コメント]

・このブログへのアクセスは、6月27日現在で1500件を越えた。

・6月1 日、宣言文発信と同時に、中国のエージェント(my del.icio.us)がこれを取りあげ、テキストの間に現在パリで売れている反日書(ジャンルイ・マルゴリ著『皇軍』)を挟んでいる。(以上、竹本忠雄・在パリ)

原文の写真

200707121605000

日本の文化人宣言

AFPよりフランスの全メディア宛に発信された日本の文化人宣言

(原文仏文よりの和訳)

 我々、日本の歴史家ならびに文化人は、2005年12月12日のフランス人歴史家の《歴史に自由を》宣言、並びに2006年1月25日のベルギー人歴史家の《記憶の洪水――国家が歴史に容喙するとき》宣言を承けて、歴史に関する全ての論文の校合および証拠資料の研究への自由を要請する。

 我々は、今年逝去されたフランスの碩学、ルネ・レモン氏の高唱のもと 700人知名士の賛同署名を得た《歴史は宗教にあらず。歴史家は如何なる ドグマをも容れず、如何なる禁令、タブーにも従わず。歴史家は邪魔者たることあるべし》との表明に全面賛同する。

 我々は、日本軍の南京入城70周年にあたる本年、西暦2007年に、本宣言を発する。その理由は、いわゆる南京事件なるものが、ことに欧米のメディアにおいて日本の現代史を扱う上で最も非客観的なる典型を示しているからにほかならない。

 勝者によって書かれた歴史は必ずしも真実の歴史ではない。我々が要求するものは、この歴史的真実追求の権利である。すなわち、全関係論文を検討し証拠資料を比較する自由への権利である。政治・イデオロギー的歴史観にもとづいて我が民族を恒常的に貶め、悪魔化する行為に対して、断固、我々はこれを拒否する。

 真実追究を欲するあらゆる人士とともに速やかに科学的比較研究を共にすることを、我々は切望してやまない。 
                                     

パリ、2007年6月12日
        

日本の文化人宣言署名賛同者 (アルファベット順)

青木英実(中村学園大学教授)/新井弘一(元駐東独大使)/荒木和博(拓殖大学教授・特定失踪者問題調査会代表)/遠藤浩一(評論家・拓殖大学教授)/藤井厳喜(拓殖大学客員教授)/藤岡信勝(拓殖大学教授・新しい歴史教科書をつくる会会長)/福田逸(現代演劇協会理事長・明治大学教授)/萩野貞樹(国語学者)/花岡信昭(ジャーナリスト)/長谷川三千子(埼玉大学教授)/東中野修道(亜細亜大学教授・日本「南京」学会会長)/平松茂雄(元防衛庁防衛研究所研究室長)/細江英公(写真家)/井尻千男(拓殖大学日本文化研究所所長)/入江隆則(明治大学名誉教授)/神谷不二(慶應義塾大学名誉教授)/神谷満雄(鈴木正三研究会会長)/加瀬英明(外交評論家)/片岡鉄哉(元スタンフォード大学フーバー研究所研究員)/勝岡寛次(明星大学戦後教育史研究センター)/勝田吉太郎(京都大学名誉教授・鈴鹿国際大学名誉学長)/慶野義雄(平成国際大学教授・日本教師会会長)/黄文雄(作家)/小堀桂一郎(東京大学名誉教授)/久保田信之(アジア太平洋交流学会代表・修学院長)/松本徹(作家・文芸評論家)/南丘喜八郎(『月刊日本』編集主幹)/宮崎正弘(評論家)/水島総(映画監督・日本文化チャンネル桜代表)/百地章(日本大学教授)/村松英子(女優・文筆家)/中村勝範(慶應義塾大学名誉教授)/中西輝政(京都大学教授)/奈須田敬(出版社主)/西村幸祐(評論家)/西尾幹二(評論家)/西岡力(東京基督教大学教授)/丹羽春喜(経済学者・ロシア東欧学会名誉会員・元日本学術会議第16期会員)/呉善花(拓殖大学教授)/小田村四郎(元拓殖大学総長)/大原康男(國學院大學教授)/岡本幸治(大阪国際大学名誉教授)/岡崎久彦(元駐タイ大使・岡崎研究所所長)/大森義夫(元内閣調査室長)/太田正利(元駐南アフリカ大使)/小山内高行(外交評論家・慶應義塾大学大学院講師)/櫻井よしこ(ジャーナリスト)/澤英武(外交評論家)/島田洋一(福井県立大学教授)/石平(評論家)/副島廣之(明治神宮常任顧問)/高橋史朗(明星大学教授)/高池勝彦(弁護士)/高森明勅(歴史学者・日本文化総合研究所代表)/竹本忠雄(元コレージュ・ド・フランス客員教授・筑波大学名誉教授)/田久保忠衛(杏林大学客員教授)/田中英道(東北大学名誉教授)/塚本三郎(元衆議院議員)/梅澤昇平(尚美学園大学教授)/渡邉稔(国際問題評論家)/渡部昇一(上智大学名誉教授)/渡辺利夫(拓殖大学学長)/屋山太郎(政治評論家)/山川京子(歌人・桃の会主宰)/山本卓眞(富士通名誉会長)/吉原恒雄(拓殖大学教授)/吉田好克(宮崎大学准教授)